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皇后さま72歳に 雅子さま公務「安心できる時に」

 皇后さまは20日、72歳の誕生日を迎えた。これに先立ち、宮内記者会の質問に文書で回答を寄せた。秋篠宮ご夫妻に長男・悠仁(ひさひと)さまが誕生するまでの日々を振り返り「懐妊の報(しら)せを喜ぶとともに、十一年振(ぶ)りに身重となる秋篠宮妃の上を思い、無事の経過を願わずにはいられませんでした」と心情を明かした。

 紀子さまから前置胎盤の症状や帝王切開での出産について電話で報告を聞いた際、「(紀子さまは)穏やかに、むしろのんびりとした口調」だったとのエピソードを披露した。

 皇太子ご一家が雅子さまの療養を兼ねてオランダを訪問したことについて「この旅行後、東宮妃の健康状態に改善が見られるように思う、と語られるのを耳にし、安堵(あんど)し、嬉(うれ)しく思いました」。雅子さまの公務復帰についても「妃自身が一番安心できる時を待って行われることが大切だと思います」と気遣った。

 女性皇族の役割や位置づけを問う質問には、皇室典範をめぐって様々な論議が行われているとして「この問に答えることは、むずかしいことです」と答えた。

    ◇

 皇后さまの回答の全文は、次の通り。

 ――秋篠宮ご夫妻に41年ぶりの親王となる悠仁さまが誕生されました。紀子さまにとりましては「部分前置胎盤」を乗り越え帝王切開による出産となりました。皇后さまは母として、祖母としてどのようなお気持ちでご一家を見守られたのか、具体的なエピソードも交えお聞かせください。悠仁さまのご成長への願いや皇位継承者としての教育のあり方についても合わせてお聞かせ下さい。

 〈回答〉懐妊の報(しら)せを喜ぶとともに、11年振りに身重となる秋篠宮妃の上を思い、無事の経過を願わずにはいられませんでした。出産までの過程には、部分前置胎盤という予想外の事態もありましたが、関係者の手厚い保護のもと、危険を避けることができたことは幸せなことでした。

 私が初めて子どもを授かった四十数年前、前置胎盤は非常に恐れられていた状態でした。特に当時まだ二十代半ばであった私は、お産は太古も今もそう変わるはずはないという思いから、その頃より更に一時代前、母が読んだという、安井修平先生の書かれたお産関係の本一冊を唯一の参考書にしておりましたので、その本で読んだ前置胎盤の怖い記述が思いだされ、大層心配いたしました。現在も危険の可能性こそ変わりませんが、その後の医学の進歩により、安全なお産に導いていただけることを知らされ、安堵(あんど)いたしました。私が秋篠宮妃を「気丈」と評したのは本当?と、最近よく尋ねられるのですが、もし私がそう思い、周囲の人にも洩(も)らしたとすれば、それは懐妊の報せを受けた時ではなく、この前置胎盤と、それに伴う帝王切開のことを、宮妃が穏やかに、むしろのんびりとした口調で電話で伝えてきた時のことであったと思います。

 「悠仁の成長への願いは」という質問ですが、悠仁はまだ本当に小さいのですから、今はただ、両親や姉たち、周囲の人々の保護と愛情を受け、健やかに日々を送ってほしいと願うばかりです。「教育のあり方」についての質問ですが、敬宮の生まれた時にもお答えしたと同様、まず両親の意向を聞き、それを私も大切にしつつ、見守っていきたいと考えています。 なお、教育ということに関し、時々引用される「ナルちゃん憲法」ですが、これは私が外国や国内を旅行する前などに、長い留守を預る当時の若い看護婦さんたちに頼まれ、毎回大急ぎで書き残したメモのたまったものに過ぎず、「帝王学」などという言葉と並べられるようなものでは決してありません。小児科医であった佐藤久東宮侍医長が記した「浩宮さま」という本により、このメモのことが知れたと思われますが、本来は家庭の中にとどまっているべきものでした。たしか佐藤医師もこの本のどこかで、このようなメモは別とし、私が浩宮の教育に関し最も大切に考えていたのは、昭和天皇と今上陛下のお姿に学ぶことであったと述べていたのではないかと思います。

 ――皇太子ご一家が雅子さまの療養を兼ねオランダを訪問されました。今回の静養をどのように受け止められましたでしょうか。公務への復帰を目指す雅子さまを見守るお気持ちとともに、愛子さまのご成長ぶりをどのように感じておられるかもお聞かせください。

 〈回答〉この度のオランダ訪問は、東宮東宮妃共にこれをよしと考え、さらに治療に当たる専門医の薦めがあって実現いたしました。東宮職、本庁の幹部も、皆この計画を真剣にとり進める意向で一致いたしましたので、陛下と私もこれを支持し、一家、わけても東宮妃が、この滞在を元気に過ごすことを念じ旅立ちを送りました。

 帰国後、東宮と妃より、感謝の言葉と共に、滞在が素晴らしいものであったことを聞き、また、多くの方が、この旅行後、東宮妃の健康状態に改善が見られるように思う、と語られるのを耳にし、安堵(あんど)し、嬉(うれ)しく思いました。ベアトリックス女王陛下が、ご家族と共に東宮の三人をあのように温かく迎えてくださったことを、深く感謝しております。

 東宮妃の公務復帰については、専門医の診断を仰ぎながら、妃自身が一番安心できる時を待って行われることが大切だと思います。あせることなく、しかし、その日が必ず来ることに希望をもって、東宮妃も、また東宮も、それまでの日々、自分を大切にして過ごしてほしいと祈っています。

 敬宮は、背もすくすくと伸び、おさげ髪のよく似合う女の子になりました。今年はもう着袴(ちゃっこ)の儀を迎えます。男の子の着袴姿もそうですが、女児の裳着(もぎ)の姿も本当に愛らしく、清子、眞子、佳子のそれぞれの裳着の姿や所作は、今も目に残っています。

 今年四月、幼稚園の服装で訪ねて来た日には、肩かけカバンや手さげの中から、一つ一つハンカチや出席ノートなど出して見せてくれました。この次に会う時には、きっと運動会や遠足の話をしてくれるでしょう。楽しみにしています。

 ――天皇陛下は昨年の記者会見で女性皇族の役割の重要性に触れられ、皇后さまをはじめ各妃殿下方もそれぞれの役割を担ってこられました。現在のところ二十代以下の若い皇族は悠仁さまを除きみな女性皇族になりますが、そうした次々代を担う女性皇族にどのような役割や位置付けを期待されますでしょうか。お聞かせください。

 〈回答〉皇室典範をめぐり、様々に論議が行われている時であり、この問に答えることは、むずかしいことです。特に「次々代を担う女性皇族の位置付けをどのように期待するか」ということは、皇位継承の問題に直接関係することであり、私が今このことにつき、何らかの期待を述べる立場にあるとは考えておりません。「役割」についても、個人一人一人が置かれる「位置」と分かち難くあるものですので、このことについてもこの度これに触れることは控えます。


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