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ナンセンス風刺の漫画家はらたいらさん死去

 テレビのクイズ番組でも活躍した漫画家のはらたいら(本名・原平)さんが10日、肝不全のため死去した。63歳だった。告別式は15日午前11時30分、東京都板橋区板橋1の48の13新板橋駅前ホール。自宅は文京区小石川4の18の7の807。喪主は妻、原ちず子さん。

 高知県出身。高校卒業後上京し、20歳の時、「新宿B・B(ベベ)」でデビュー。「ゲバゲバ時評」「モンローちゃん」など、ナンセンスな社会風刺と清新なお色気で売れっ子になった。1977年から92年までクイズ番組「クイズダービー」のレギュラー解答者を務め、甘いマスクと7割を超える正答率で「はらたいらさんに3000点!」などの流行語を生んだ。ニュース司会やCMタレントとしても活躍、読売国際漫画大賞の選考委員なども務めた。92年から発病した更年期障害と向き合った「はらたいらのジタバタ男の更年期」などエッセーも多数。

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清水キョウイチ郎さん死去…41歳、元「ぴのっきお」

 タレント、清水キョウイチ郎さん(本名清水共一=しみず・きょういち)が4日午前、肺血栓のため大阪市内の自宅で死去した。41歳。奈良県出身。葬儀・告別式は8日午前11時から大阪市阿倍野区のやすらぎ天空館で。喪主は弟結三(ゆうぞう)さん。

 漫才コンビ「ぴのっきお」で活躍。解散後は吉本新喜劇などに出演していた。

ZAKZAK 2006/11/07

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前川清ショック…「クールファイブ」元リーダー内山田洋さん死去

 「長崎は今日も雨だった」「中の島ブルース」「東京砂漠」などのヒット曲で知られるボーカルグループ、内山田洋とクールファイブの元リーダー、内山田洋(うちやまだ・ひろし=本名・内山田道生)さんが、3日に肺がんのため死去していたことが5日、分かった。70歳だった。内山田さんは4月末に体調不良を訴え、横浜市内の病院に検査入院。治療に専念していたが、帰らぬ人となった。







 3日午前9時27分、昭和歌謡界で一時代を築いたコーラスグループのリーダーが、自宅に近い横浜市内の病院で静かに息を引き取った。

 内山田さんは体調不良を訴え、4月末に同市内の昭和大藤が丘病院に検査入院。肺がんと診断され、音楽活動を自粛して治療に努めていたが、復帰への願いはかなわなかった。

 内山田さんは福岡県柳川市出身。昭和32年に同県の米軍キャンプで音楽活動を開始し、42年に長崎のクラブ「銀馬車」で森本繁、岩城茂美、小林正樹、宮本悦朗と「内山田洋とクールファイブ」を結成した。43年にはメーンボーカルに前川清を迎え、44年にデビュー曲「長崎は今日も雨だった」が大ヒット。同年、日本レコード大賞新人賞を受賞した。

 以降も「噂の女」「そして、神戸」「東京砂漠」などヒット曲を連発=別表。前川ら個性豊かなメンバーがバラエティー番組などで人気を集めて一世を風靡し、日本有線大賞、日本演歌大賞などを次々と受賞。NHK紅白歌合戦にも通算11回出場するなど人気絶頂を誇った。

 だが、61年に前川が独立。それに伴い、メンバーを入れ替えて再結成した。平成8年に結成30年を迎えた際には「歌にはそれぞれの思い出がこめられている。そんな話を聞くと、歌い続けてきてよかったと思う。命の限り歌い続けます」と語っていた。

 近年もディナーショーなどを精力的に行い、昨年8月には日米の子供の交流を目的にしたチャリティーミュージカルにゲスト出演して熱唱するなど、歌への熱い思いを持ち続けていた。内山田さんと仕事をした民放テレビマンは「穏やかだけどいつもリーダーシップを発揮してましたね」と悼んだ。

 関係者によると、通夜、告別式は5日までに妻や長男ら近親者で営まれた。今後偲ぶ会を行う予定という。



★前川清、絶句…「わが子のようにかわいがってもらいました」

 内山田さんの突然の訃報に、昭和43年から61年までクールファイブのボーカルを務めた演歌歌手、前川清(58)は言葉を失った。

 仕事のため福岡から鹿児島へ向かう新幹線の車内で、スタッフからのメールを受け取り訃報を知ったという前川は、サンケイスポーツの電話取材に「訳も分からずただびっくりしています」と第一声。今にも消え入りそうな細い声で、「内山田さんにはお兄さんのように引っ張ってもらい、わが子のようにかわいがってもらいました」と感謝の言葉を送った。

 クールファイブ脱退後、内山田さんと最後に会ったのは十数年前だといい、「お互い頑張ろうという意味で連絡をとっていなかった」と説明。「内山田さんのおかげでソロとしてここまでやってくることができた。後は気を楽に安心して天国から見守ってほしい」と声を振り絞っていた。

◆元「殿さまキングス」の演歌歌手、宮路オサム(60)
「言葉が出ないですね。7、8年前から縁があって、よく一緒に食事をするようになったのですが、会うたびに僕みたいな歌い手にも『オサムちゃん、頑張ってるねー』『歌うまくなったねー』と褒めてくれて。優しい目で元気づけてくれる姿が印象的でした。2年前に歌番組のカレンダー撮影でご一緒したのが最後で、その時も元気な声で『最近、頑張ってるな』といってくれて。憧れの人でしたね。(「クールファイブ」は)コーラスグループの草分け的存在で、僕たちが今ここにいられるのも内山田さんが道を切り開いてくれたおかげ。『ありがとうございました』といいたいです」


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